東京地方裁判所 平成9年(ワ)2745号 判決 1998年4月27日
原告
X
右訴訟代理人弁護士
門馬博
岩崎昭
福井達也
被告
野村證券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
星野健秀
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、八八万二四一六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年六分の割合により金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、証券会社である被告の販売員から勧誘を受け、被告との間で証券投資信託取引を行った原告が、被告に対し、右販売員の勧誘行為に際しての説明義務違反、断定的判断の提供があったと主張し、これは、不法行為ないし被告の履行補助者である販売員の違法行為による債務不履行を構成するものであるとして、使用者責任ないし債務不履行責任に基づく損害賠償の請求をしている事案である。
一 争いのない事実等
1 原告(昭和七年○月○日生)は、後記本件取引当時、司法書士の資格を有し(昭和六二年資格取得)、「司法書士、行政書士、土地家屋調査士事務所」に勤務していた者であるが、証券取引法制上は「一般投資家」と呼称される者である(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)。
一方、被告は、証券業を目的とする株式会社である。
2 原告は、昭和五七年から被告に委託して有価証券の売買等の取引をしていたものであるところ、平成元年当時、原告を担当していた被告の販売員は、被告梅田支店勤務のB(以下「B」という。)であった。
3 原告は、被告から、平成元年二月二一日ころ、左記の証券投資信託の受益証券(以下「本件商品」という。)を取得し、その代価を支払った(以下「本件取引」という。)。
記
銘柄 セレクトファンド89―02成長型
数量 二一二口
買付単価 一万円(合計二一二万円)
買付日 平成元年二月二三日
信託期間 四年(三年間延長されたため、信託満了日は平成八年二月二二日となった。)。
4 本件商品は、株式を中心に投資を行う株式型の証券投資信託であり、したがって、元本保証がない。
5 原告は、被告から、平成九年一〇月八日、本件取引による満期償還金一二三万七五八四円を受領した。
6 したがって、本件取引により原告は、右買付け単価の合計額二一二万円と満期償還金一二三万七五八四円との差額である八八万二四一六円の損失を被った(以下「本件損失」という。)。
7 Bは、被告の被用者であり、かつ本件取引は被告の事業の執行としてなされたものである。
二 争点
1 Bの勧誘の違法性ないし債務不履行の有無
(一) 説明義務違反の有無
(原告の主張)
本件取引当時、原告には本件商品について知識がなかったのであるから、Bは、原告に対し、本件取引の勧誘をするに当たり、受益証券説明書を交付し、これに即して投資信託の内容、とりわけ危険性の内容、程度(一定の利益を保証することが出来ないこと、株式など価格に騰落のある証券に投資するため元本割れの虞があること等)を説明すべき法的義務があったにもかかわらず、これをしなかった。
(被告の主張)
原告の主張は否認する。
原告は、本件取引以前にも本件商品と同様の元本保証のない株式型の証券投資信託(商品名「レインボーファンド」)を買付け、その際にBは、原告に対し、パンフレットに基づいて適切な商品説明をした。また、原告は、本件商品と同様の元本保証のない株式の買付けをしたことがある。したがって、原告が本件取引につき、本件商品についての知識がなかったとはいえない。
さらに、Bは、平成元年二月中旬、本件商品に関するパンフレットを携えて原告宅を訪問し、原告が不在だったため原告の妻に対してパンフレットを示しながら本件商品について説明をした上、本件買付けの勧誘をしたところ、原告の妻は、検討した上、後日返答する旨述べた。そこで、後日、Bが原告宅に電話をかけたところ、原告の妻が応対し、「主人がお願いします、と言っていました。」と述べたので、Bは、原告が買付けをするのに必要な手続きを取ったものである。
(二) 断定的判断の提供
(原告の主張)
Bは、原告に対し、本件勧誘をするに当たり、「必ず儲かる。」「天下の野村が運用するのに元本割れなどあり得ない。」等と述べ、証券取引法五〇条一項一号に違反し、原告に対し断定的判断を提供し、社会的に許容される範囲を逸脱して、不当に誇大な説明と宣伝を行った。
(被告の主張)
原告の主張は否認する。
2 原告の被った損害額
(原告の主張)
原告は、Bの前記不法行為ないし被告の債務不履行(履行補助者たるBの違法行為による。)により、本件損失額相当の八八万二四一六円の損害を被った。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 原告は、昭和三九年、日立月販株式会社(その後、日立クレジット株式会社と商号変更)に就職し、同社において歩合制集金人、顧客の信用状況調査、督促手続、訴訟の提起、強制執行手続き等の業務を担当していたが、前記争いのない事実1記載のとおり、昭和六二年に司法書士試験に合格し、翌年、右日立クレジット株式会社を退職して、司法書士、行政書士、土地家屋調査士業務を営む事務所に就職し、本件取引当時は、右事務所に勤務していた者である(≪証拠省略≫、原告本人)。
2 原告は、大変堅実な性格で株取引等は一切したことがなかったが、右日立クレジット株式会社に在職中、同社の株式市場上場に伴い同社株を購入し、さらに、同僚からの同社株の譲受により同社の株式二六三八株を所有していた。
しかるところ、昭和五六年における商法改正等により、五〇円額面株式であれば一〇〇〇株単位でなければ株式市場での売買が出来なくなったため、原告は、昭和五七年一一月、所有株数から半端な六三八株の売却を妻の知り合いであった前記争いのない事実等2記載のBに依頼し、売却させた。
右を契機として、原告は、Bから株式売買の勧誘を受け、株式を売買するようになり、同年一二月には、関西電力株千株を受渡金額八一万円で買付け、翌年一月には受渡金額九三万円余で売却し、一二万円余の利益を得た。
昭和五九年一二月には、原告自らBに対して来訪を求め、Bからパンフレットを示されながら本件商品と同様の元本保証のない株式型の証券投資信託であるレインボーファンドについて、値動きのある証券に投資する証券投資信託であるから元本の保証はない等詳細な商品説明を受けた上、同月一五日に、これを受渡金額一〇〇万円で買付けた。
その後も原告は、本件取引前に、被告との間で、新システムポートフォリオ、第四回日本石油転換社債、第二回サッポロビール転換社債の取引を行ったほか、昭和六三年一一月には、確定金利型短期貯蓄である金貯蓄、株式型証券投資信託であるエース、第三回阪急不動産転換社債、公社債型証券投資信託である長期国債ファンドを買付けた。右昭和六三年一一月の買付けの際には、Bは、原告の求めにより、様々な商品の資料を準備して原告宅を訪問し、本件商品と同様元本保証のない証券投資信託であるエースをはじめそれぞれの商品性と特徴について詳細に説明をした(≪証拠省略≫、証人B、原告本人、弁論の全趣旨)。
3 Bは、平成元年二月中旬、勧誘のため本件商品のパンフレットを携えて原告宅を訪問したが、原告は不在だった。そこで、従前原告が不在の場合には、Bは、原告の妻に対して商品の説明をし、妻を介して原告から注文を受けていたので、その日もBは、原告の妻に対し右パンフレットを示しながら本件商品について詳細な説明をし、本件商品の買付けを勧誘したところ、原告の妻は、Bに対し、検討した上、後日返答する旨述べた。
そして、その後、Bが原告宅に電話をかけ、注文の意思の有無を確認したところ、原告の妻が応対し、「主人が、お願いします、と言っていました。」と返答したので、Bは、原告が買付けるのに必要な諸手続きをし、かくして、原告は、本件商品を買い付けるに至った(≪証拠省略≫、証人B)。
4 原告は、前記のとおり、本件取引当時、原告には本件取引について知識がなかったのであるから、Bは、原告に対し、本件取引の勧誘をするに当たり、受益証券説明書を交付し、これに即して投資信託の内容、とりわけ危険性の内容、程度(一定の利益を保証することが出来ないこと、株式など価格に騰落のある証券に投資するため元本割れの虞があること等)を説明すべき法的義務があるにもかかわらず、これを行わなかったと主張し、≪証拠省略≫及び原告本人の尋問の結果中には、右主張に沿う部分があるが、これは、右1ないし3の事実に照らし到底採用することができない。
また、原告は、Bは、原告に対し、本件勧誘をするに当たり、「必ず儲かる。」「天下の野村が運用するのに元本割れなどあり得ない。」等と述べたと主張し、前掲≪証拠省略≫及び原告本人尋問の結果中には、右主張に沿う部分があるが、これも右2、3の事実、≪証拠省略≫の記載及び証人Bの証言に照らし、そのまま採用することができない。さらに、仮に、Bが、右趣旨の発言をしたとしても、原告の前記経歴、証券取引経験に照らすと、原告は、右発言をセールストークの域を超えないものとして受けとめていたと推認するのが相当である。
二 以下のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、本件取引の勧誘行為に違法性ないし債務不履行があったとは到底いえないから、その余の点につて判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
(裁判官 永吉盛雄)